上野で浮世絵はしごしてきました|広重と大英博物館展
雨続きのあと、久しぶりに晴れた日。東京国立博物館の特別展「歌川広重 江戸のベストアングル」を目指して上野へ向かいました。
そのあとは東京駅のほうへ移動するつもりでしたが、途中で東京都美術館の「東京都美術館開館100周年記念 大英博物館日本美術コレクション 百花繚乱〜海を越えた江戸絵画」の看板を発見。
予定を変更して、上野で2つの展示をはしごすることにしました。
大英博物館展は、水墨画や山水画、屏風から浮世絵が花開くまでを順番に見せてくれる「大きな流れ」の展示です。広重展は、その流れの中のある時期をぐっと拡大して見せてくれる「一瞬のアップ」の展示です。どちらかだけでも楽しいけれど、両方見ると立体的になる感じがしました。
広重展:第一部は「東海道五十三次」と「江戸名所」


広重展は会期中に3回入れ替えがあり、今回見た第一部のテーマは「東海道五十三次」と「江戸名所」でした。
こちらの記事で紹介している「水滸伝」(東京ステーションギャラリーにて開催中)の展示では、同じ時期に活躍した浮世絵師・歌川国芳の作品が多く並んでいたようです。広重と国芳は同じ1797年生まれで、どちらも歌川派の絵師。江戸時代の浮世絵師の番付では「武者の国芳、名所の広重」と並び称されたと言われ、それぞれ独自のジャンルを確立しました。
武者絵や美人画と並ぶ大きなジャンルとなった風景画は、当時の旅ブームにも後押しされ、大いに流行したそうです。
おとなしい風景画のイメージがくつがえる「構図の遊び心」
東海道五十三次は、教科書などをはじめ、これまでにも何度か広重の展示で目に触れる機会の多い作品です。それでも改めて見ると、気づくことがたくさんありました。
- 奥行きの出し方:中国や西洋の画法を取り入れ、空気遠近法や一点透視・二点透視法による巧みな奥行き表現と視線誘導で、見る側の情報がごちゃごちゃしません。前景は細かく描き込み、遠景は描き込みすぎない。そのバランスが絶妙です。
- 色の使い方:当時、西洋から日本に伝わった青い絵具「ベロ藍」。北斎や広重が愛用し、水や空の青を奥行きのある爽やかさで表現した美しい青色です。物流の要だった川、江戸の食に欠かせない江戸前の海。水に囲まれた日本の風景に欠かせない色です。また、風景の中の人物の着物の色合いなどは、補色どうしを並べてお互いを引き立て合っているように見える部分がありました。
- 天気と時間帯:朝なのか夜なのか、色味だけで時間帯や空気感が伝わります。雨や風の激しさ、降り積もる雪に包まれた夜の静けさなど、温度まで目で感じられそうです。
- 人物:風景の中にいる人の表情やしぐさが、人々の暮らしを生き生きと描き出しています。
- 画面からはみ出す富士山:大きさを表すために、あえて山頂を画面の外に切っている作品もあります。おとなしい風景画どころか、遊び心と機転にあふれていました。
東海道五十三次の少し前には、葛飾北斎の「富嶽三十六景」のヒットもありました。鋭い観察眼と表現力で描き出される自然の躍動感を見ていると、風景画には、人物画が描く人の存在感や魅力とはまた違った迫力があるのだと感じます。
また、「当時、本当にこんなに高い場所から見て描けたのかな?」と思うアングルもありました。想像で補った部分もあるのかもしれません。
印象に残った一枚「東都名所 両国之宵月」
手前に橋脚を大きく描いた大胆な構図。月はその柱の後ろからのぞいています。本来なら主役の月を全部見せたくなるところですが、あえて全部見せないことで、月がただ目立つのではなく、より際立って見えるのだと感じました。
柄をつくる立場から
江戸てんの柄をつくるときは、一目見てわかりやすいことをいつも意識しています。それと同時に、柄に感じる「余白」をどう表現していけるのか、改めて考えさせられました。モチーフに選ばれる題材にもそれぞれ意味があるので、そこをもっと深掘りできたら、面白い柄が作れるのではと期待しています。
大英博物館展:コレクションの多さと、海を越えて守られてきたもの

まず驚いたのは、とにかくコレクションの量が多いことです。
大英博物館は1753年にロンドンで創設された、世界最大級の博物館のひとつ。日本美術のコレクションはおよそ4万点にのぼり、今回はその中から選ばれた屏風や掛軸、絵巻、浮世絵版画などが里帰りしています。
- 狩野派の金屏風・襖絵:歴史の教科書でも一度は見たことがある狩野派の金屏風。最初に浮かんだのは「なぜ金なの?」という素朴な疑問でした。金地には、暗い室内で光を返して空間を明るく見せる効果や、権威を示す意味があったと言われています。
- 狩野宗眼重信の襖絵の再会:もとは奈良県のあるお寺の襖でしたが、明治維新後に起きた廃仏毀釈により寺宝が散逸。後年の研究で同じお寺のものだと判明し、それがこの展示で再び相まみえたことに、感慨深いものがありました。
- 北斎の版下絵:作品として描かれた肉筆画ではなく、版画にするための下絵です。版下絵は版木に貼って彫るため、制作の過程でなくなってしまいます。版画にならなかった版下絵が残っているのは大変貴重で、それが大英博物館で大切に保管されていることに驚きました。海外で日本の美術がそれだけ高く評価されているということだと思います。
- 円山応挙:「朝顔狗子図杉戸」など、かわいい動物の絵のイメージがありましたが、「香山九老図屏風」のような人物画もあると初めて知りました。
「虎の子渡し図屏風」は中国の故事に基づいているそうです。虎が3匹の子を産むと、そのうち1匹は必ず獰猛な子で、ほかの子を食べてしまう。そこで母虎は、獰猛な子とほかの子を2匹きりにしないよう、川を7回渡って3匹を対岸へ運んだというお話です。子虎をくわえてうねる川を渡る母虎と、両岸にいる子虎たち。あの構図には、そんな知恵が込められていたのですね。
また、「虎図」の虎はどこか愛嬌があってかわいらしく見えます。江戸時代の日本では生きた虎を見ることができず、猫を参考に描いたとも言われていて、それを知って納得しました。
ちょっと寄り道:絵巻物と縦読み漫画
大英博物館のコレクションには絵巻物もありました。展示スペースの都合で全部を広げられていませんが、全長数十メートルにも及ぶ絵巻を見るたびに、その後生まれる「本として綴じる」というのはかなり画期的なことだったんじゃないかと思います。
一方で、本として綴じることで紙の大きさやページという区切りがあるからこそ生まれた制約と工夫もあって、見開きの迫力やページをめくった瞬間の驚きなど、今の漫画の表現にも息づいているように感じます。
そう考えると、スマホで読む縦スクロールの漫画は、ページという概念がなくなった、まるで絵巻物の時代に戻ったような読み方ですね。もともと絵巻は少しずつ広げては巻き取りながら見るものだったそうで、スマホの画面がちょうどその「窓」になっているのかもしれません。巻物の新しい場面が現れる瞬間も、ページをめくる瞬間も、画面をスクロールする瞬間も、「この先どうなるの?」というわくわくは、時代が移ろっても変わらない楽しさですね。
大英博物館のコレクションには、もちろん北斎、広重、国芳をはじめ、さまざまな絵師の浮世絵も展示されていました。北斎の作品の展示ゾーンは国内外問わず人がいっぱい。浮世絵はたくさん刷られた版画だからこそ、世界のいろいろな場所に渡ってコレクターに集められ、ジャポニスムのきっかけにもなったのだと改めて感じました。
おわりに
1日に2つの展示は少し欲張りでしたが、日本美術の大きな流れと一時代を切り取ったアップを続けて見たことで、江戸の絵師たちの工夫がぐっと身近に感じられました。
広重展は入れ替えがあるので、次の部もまた見に行くつもりです。大英博物館展は東京都美術館では10月18日まで、10月31日からは大阪中之島美術館に巡回します。気になった方はぜひ足を運んでみてください。
今回感じた「全部見せない余白」や「題材に込められた意味」を、これからの江戸てんの柄づくりにも少しずつ活かしていきたいと思います。

